2026.8.9 聖霊降臨後第11主日礼拝 説教要約
列王記上 19章9a節、11~13a節
ローマの信徒への手紙 9章1~5節
マタイによる福音書 14章22~33節
本日は、「マタイによる福音書」を中心にみ言葉に聴いてまいりましょう。
わたしたちの救い主であられるイエス・キリストは、その御生涯において、様々な奇跡を起こされました。本日は、イエス・キリストが水の上を歩かれたという奇跡のお話です。 イエス・キリストが、一万人以上の人たちに食べ物を与えるという奇跡を起こされた後すぐに「イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。」とあります。湖を舟で向こう岸に渡らせる。弟子たちを強いて、無理に舟に乗せて向こう岸に渡らせたということなのです。その舟で漕ぎ出させたというのですが、そのときに、強い逆風が吹いてきて、その逆風に妨げられて、なかなか前に進むことがなかなかできなかったとあります。だいぶ彼らは苦労して舟を漕いでいたのですが、夜が明ける頃、25節に「イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところへ行かれた。弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、『幽霊』だと言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。」とあります。まさか主イエスが、湖の上を歩いて来られるとは彼らは全く予想もしていなかったのです。主はわたしたちの想像の範囲をはるかに超える御業をなされるのです。 弟子たちが困難な状況の中に置かれたときに、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」という主イエスのお言葉を聴くのです。その主イエスの呼びかけに応えて、「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」とペトロはお願いします。ということは、いわばわたしたちも神様の呼びかけに応えて、歩むということになります。主の呼びかけに信頼して、お応えして、わたしたちが歩んでいく、それがまさに信仰ということです。わたしたちは礼拝のたびごとに、み言葉に聴いてまいりますが、これはまさに主イエスがわたしたちに呼びかけておられる御言葉です。このように説教で牧師を通して、牧師の口を通して礼拝に出ている皆さんに、主イエスが「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」と呼びかけておられるのです。その呼びかけに応えて、わたしたちは神様を、イエス・キリストを信頼して日常生活において困難な状況にあっても、神様を信じて一歩を踏み出していく。それが、信仰ということになるのです。 29節に「イエスが『来なさい』と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。しかし強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、『主よ、助けてください』と叫んだ。」とあります。ここに「しかし強い風に気がついて」とありますが、これは直訳すると「強い風を見て」となります。ペトロは最初は主イエスだけを見て、主イエスに信頼して、水の上を歩こうとしたのですが、主イエスから目をそらしてふと自分の足元を見てしまう。自分の足元、自分自身の手の中を見てしまったのです。そうしたところ、怖くなって、沈みかけてしまいました。そのときにペトロは「『主よ、お助けてください』と叫んだ」のです。そして「イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、『信仰の薄いものよ。なぜ疑ったのか』と言われた」のです。ペトロは主に信頼して、主の呼びかけに応えて、水の上を歩こうとしたのですけれども、主イエスから目をそらしてしまったのです。そして自分の足元を見てしまった。そうしたところ、途端に不安になって足元がおぼつかなくなってしまったのです。わたしたちも弱い者たちです。ふだんは神様を信じていると言いながら、何か苦しいこと、困難なことがあると、つい自分の足元ばかりを見てしまう。そうしたときにもう駄目だもう絶望するしかない、という気持ちになってしまう。さっきまでペトロのように、「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」と神様のみ言葉に応えて、力強く宣言するのですけれども、困難なことがあると、とたんに怖くなってしまう。主イエスから目をそらしてしまうのです。しかし、そのようなわたしたちに対して主イエスは、すぐに手を伸ばして捕まえてくださる。溺れそうになってるわたしたちにその御手を伸ばしてくださり、わたしたちを捕まえてくださり、わたしたちを抱きかかえ、舟に乗せてくださるのです。 「主よ、助けてください」とここにありますけれども、まさにこれがわたしたちの祈りです。わたしたちは整った言葉でなくても、神様に祈ることが必要なのです。むしろ、そのような整った祈りでなくても、自分の心の底から、神様に救いを求めるそのような叫びを、むしろそのことを神様が喜んで聴いてくださるのです。神様に対するわたしたちの必死の祈り求めを喜んでくださるのです。わたしたちが様々な困難にぶつかって、ペトロのように、くじけそうになるときにこそ、主イエスはそこに道を開いてくださって、わたしたちに近づいてくださいます。本日皆さんと聴いております29節に、ペトロの呼びかけに応えて、主イエスが「来なさい」と言われたとありますけれども、その主イエスの言葉、「来なさい」という言葉は、わたしたちにも向けられています。わたしたちは、困難に襲われるときに、恐れがわたしたちの足をすくませます。しかし、そのときこそ、わたしたちが「主よ」と叫び声をあげて、救いを体験するチャンスになるのです。神様に信頼する者に失敗はありません。あるとすれば、主イエスに向かって一歩を踏み出さないことだけなのです。そのことをしっかりと心に留めて、わたしたちは困難な状況の中にあったときこそ、「主よ、助けてください」と叫び、救いを祈り求める者になれるように祈ってまいりましょう。 閉じる